長く「こくじん」の名前で知られてきた配信者で、現在はREJECTの格闘ゲーム部門で総合プロデューサーを務めています。ストリートファイターIII 3rd STRIKEのダッドリー使いとして名を馳せた、格ゲー界きっての古株です。
こく兄のプロフィール

| 名前 | こく兄(こくにい)/こくじん |
| 本名 | 太田 勝久(おおた かつひさ) |
| 生年月日 | 1980年8月7日 |
| 年齢 | 45歳 |
| 身長 | 171.9cm |
| 出身地 | 愛知県名古屋市 |
| 血液型 | A型 |
| 所属 | REJECT(格闘ゲーム部門 総合プロデューサー兼ストリーマー) |
| 愛称 | こく、こく兄、かつひさ |
| Twitch | kokujintv |
| YouTube | こくじんTV |
| X(旧Twitter) | @kokujind |
「こくじん」という名前の由来
3rdで使っていたダッドリーが黒人のキャラクターだったことから、「こくじん」を名乗るようになりました。地元ゲーセンで毎回登録名を大喜利のように色々変えて遊んでいたところ、こくじんという名前を使用した時に優勝。以降、こくじんさんと周りから呼ばれるようになり定着。近年は表現上の配慮から「こく兄」名義を使う場面が増えていて、イベントなど公の場ではこちらが標準になっています。
使用キャラクター
タイトルごとの使用キャラは以下のとおりです。
| タイトル | 使用キャラ |
|---|---|
| ストリートファイターIII 3rd STRIKE | ダッドリー |
| ストリートファイター4 | リュウ、ダッドリー |
| ストリートファイター5 | リュウ → バイソン |
| ストリートファイター6 | ケン → リュウ |
| バーチャファイター5FS | ウルフ |
| グランブルーファンタジー ヴァーサス | グラン |
| スマブラSP | クッパ |
主な戦績
ストリートファイターIII 3rd STRIKE
| 大会 | 成績 |
|---|---|
| EVO2004 | 5位 |
| EVO2005 | 5位 |
| 闘劇05 | 準優勝(チーム戦) |
| 闘劇10 | 準優勝(チーム戦) |
| 第12回クーペレーションカップ(2014年) | 優勝(チーム戦) |
ストリートファイター6のランク(MR推移)
各ACT終了時のMR推移です。ACT11以降は最高MRとなります。
| ACT | MR |
|---|---|
| ACT1 | 1652 |
| ACT2 | 1782 |
| ACT3 | 1914 |
| ACT4 | 1837 |
| ACT5 | 1818 |
| ACT6 | 1847 |
| ACT7 | 1817 |
| ACT8 | 1808 |
| ACT9 | 1861 |
| ACT10 | 1848 |
| ACT11 | 1905 |
| ACT12 | 1933 |
経歴
3rdとの出会いと20代
親の教育方針に反発して、愛媛県の寮のある学校へ進学します。ところが高等部で勉強に行き詰まり、愛知県の学校へ編入。この編入先の予備校近くにあったゲームセンターで『ストリートファイターIII 3rd STRIKE』に出会ったのが、格ゲー人生の出発点でした。
その後は亜細亜大学に入学しますが、数日で通学をやめ、2年で中退。司法書士を目指して上京しますが、勉強よりゲームに没頭してしまい、試験本番で答案を白紙のまま提出したという逸話が残っています。
20代は総師範KSKが運営していた神奈川県横浜市のゲームショップ「Gamer's VISION」で店員としてマゴやときどと共に働き、2007年に退職。以降は不動産業で生計を立てながらゲームを続けました。配信専業になるまで、この不動産の仕事を7年ほど続けています。
ダッドリー使いとしての評価
2000年代には3rdのダッドリー使いとして、全国区の強豪と認識されるようになります。前中K確認からのコークスクリューブローの精度や、EXジェットアッパー(通称ピザジェッパ)が代名詞でした。
闘劇05でのウメヌキとの決勝戦は現在でも話題にあがることがあります。
配信者への転換と低迷期
2011年、KSK選手の勧めでニコニコ生放送に配信者としてデビューします。同じ年に名古屋の格闘ゲーム団体NSBへ所属し、11月に脱退しました。
配信は伸びていき、最盛期には視聴者数千人を超える規模になります。2016年にはスクウェア・エニックスの番組や日本テレビの人狼企画に出演し、この人狼企画で加藤純一さんと知り合っています。同年3月には株式会社e-Gamers Japanを起業しました。
ところがこの時期、多忙で配信の頻度が落ちたことにより視聴者が激減します。最低で4人まで落ち込んだと本人が語っています。忙しさに加えて配信者としての慢心もあったとのことです。
数千人から4人という落差は、配信という活動の残酷さがそのまま出ていると思います。
復帰からREJECT加入まで
2020年、社名を株式会社こくにいに変更。同じ年、ウメハラ選手からスト5の海外大会の応援配信を提案されたことをきっかけに、配信活動を本格的に再開します。
2022年にはフジテレビのVALORANT企画に出演。同年、REJECTから加入の打診を受けました。
そして2023年4月5日、REJECTの格闘ゲーム部門の設立と同時に、総合プロデューサー兼ストリーマーとして正式加入します。ちょうどスト6の発売と流行が重なった時期で、ここから認知度が一気に上がりました。
現在はプロデューサーとしてストリートファイターリーグのメンバー人選や企画に携わりながら、ストリーマーとしての活動も続けています。
著書『格闘ゲーム 全一神話』
2025年1月22日に、KADOKAWAから初の著書を出版しています。
ゲームセンターが棲み家だった時代から現在のeスポーツシーンまでを、本人の視点で綴ったエッセイです。この30年の格ゲーシーンを当事者として見続けてきた人の書いたものなので、当時を知る人にも、今から遡って知りたい人にも面白い内容だと思います。
こく兄の配信スタイル
ニコニコ生放送出身で、当時の縛りの少ない配信スタイルを今も引き継いでいます。コメントのNG設定をほとんど使わず、どんなコメントが飛んできても受けて捌いていくのが特徴です。
格ゲー以外にもVALORANTやLeague of Legendsをよく遊んでいて、「LOL兄」という愛称もそこから来ています。格ゲー配信者というより、格ゲー出身の配信者と言ったほうが実態に近いと思います。
代表的な言葉が「そういうゲームじゃねえからこれ!」です。ウメハラ選手との対戦後に飛び出した煽り芸から定着しました。


